両親はいつも忙しそうにしていた。まだ小学校にも上がらない俺でも分かるほどに。
“遊んで”と言う間もなく外国語で電話をしたり、厳しい眼差しで書類に目を通したり、パソコンを操作してたりと家に居ても親の姿をしていなかった。
だから俺はいつも歩いて30分の道のりを経て祖父母の家に行っていた。
祖父母の家は昔ながらの瓦屋根の家で、瓦を打つ雨の音が好きだった。広い庭にはいつも季節の花が咲いていて鮮やかな色を零している。
畳の匂いが広がり静かな世界で俺は風を感じながら祖父母と過ごす。
「行逶、林檎切ろうか?」
祖父の友人は果樹園をやっていて豊作になるといつもケースで送ってくる。
「・・・うん」
祖父は俺の頭をよく撫でてくれる。
それはとても嬉しいことだった。
「帰りにたくさん持ってお行きね」
祖母はいつでも傍に居て色々な事を教えてくれた。
花の名前、日常に役立つ豆知識、古い遊びなんかを。
「・・・うん」
祖父母はあまり家には泊めてくれなかった。“帰りたくない”と言うと優しく頬撫で“果物持ってお帰り、2人に食べさせておあげ”と手を引いて家まで送る。
「・・・おばぁちゃん」
「なんだい?」
「今日もお家帰んなきゃ、ダメ?」
「そうだね~」
「明日、日曜だよ?」
「ゆう君はお父さんとお母さん嫌いなの?」
「・・・キライ、だって最近お話しもしてくれない」
「そうなの」
「それにこの間なんて“あそぼ”って言ったら忙しいって怒鳴ったんだよ!?」
「そうかい、それはひどいねぇ」
「林檎切れたぞ」
林檎の甘い香りが縁側に広がり、風が流れた。
草木が揺れる音に耳をすますと遠くで鳥のさえずりが聴こえた。
心地よい太陽の日差しは足元を照らしていた。ここは穏やかなものが集まっている。でも
「・・・おばぁちゃん」
「ん?」
「今日は、お家に帰る」
「・・・そうかい、ゆう君は良い子だねえ」
「ああ、行逶を偉い子だ」
その笑顔が嬉しかった。その撫でる手が嬉しかった。
父さん母さん、それだけで良かったんだよ?
たったの一言で一瞬の温もりで、僅かな微笑で俺はよかったんだ。
それだけで十分なんだ。

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