彼方の空 壱


「行逶、手繋ごう」
俺の大好きな笑顔でそう手をさし伸ばした。

俺が迷わずその手をとる事、お前は知っていたんだな。
「・・・何処へ連れていってくれるんだ?」
「何処へでも、行逶が望むなら」
優しい強さで握られた手を負けないように俺も握り返す。
「ねぇ行逶、何処へ行きたい?」
ふわり、と香る太陽の様な匂いは俺の大好きなお前の香り。
「・・・お前の行きたいトコ」
それは、2年前の秋の事だった。

 


彼方の空

 

 

 

 

 


4ヶ月前に学校の入学式を終え、新入生達も新しい学校生活に馴染んだ頃だ。
だが俺、宮澤行逶の高校2年目は騒がしい物になっていた。何故かと言うと
「せーんぱーいっ」
この声の主が原因だ。
「先輩、今日も昼一緒しましょ」
こいつ、守田光輝は入学式の次の日から何故か俺につきまとう。
断る理由も見当たらないからいつも
「・・・いいけど」
「やったーっ!」
そう言って馬鹿みたいに喜ぶ所を見てしまうと、まぁ何て言うか
「ね、先輩」
まだ、あどけなさを残す表情と仕草で俺に話し掛ける守田。
「・・・何」
「先輩て彼女居ないんですか?」
「・・・居ないけど」
「嘘だぁ!」
こんな事で嘘を吐いてどうする。
「・・・何で」
「だって、結構告白されてますよね?でも、それ全部断ってるって」
「何で知ってんの?」
そう言えばこいつ会って数日から俺の事やけに詳しい様な気がする。
俺の質問にニカッと笑って

「この学校の情報網て結構使えますよね」
そんなのあったんだ・・・
「・・・そう」
「はい!!」
満面の笑顔で守田が言った直後、4時間目の予鈴が鳴った。
「あ、じゃぁ授業終わったら迎えに来ますね」
そう言い残して手を振り走り去った。
台風の様なあいつはアイツに似ている。
1つため息をついて俺も教室に向かった。


「気付いてないみたいですから言いますけど」
食堂一番奥のテーブルで向かいに座る守田は串に刺さった鶉の卵とミートボールを頬張りながら言う。
やけに整った弁当だ、お母さんが作っているのだろうか。俺はと言うといつもコンビニのパンか売店の弁当だ。何故かと言うと・・・今、守田が説明する。
「先輩の両親は共働きなうえに海外赴任で先輩は一人暮らし」
そこ迄で良いのにどうやら守田は喋り足りない様だ。

「それに、長身スタイル良し切れ長の目に勉強時の眼鏡着用ギャップ萌ですよ?!」
俺にはお前の暗号の様な文法は解読出来ないよ。
「成績だって学年トップ10に必ず入ってるし、スポーツなんかどれもそつなくこなすし」
そうだっただろうか
「クールな性格の割りには気が利いて、さり気なく優しいし」
・・・そんな事ない
「はっきり言って先輩はカッコいいんです!」
勢いよく前のめりになりながらそう強く言う守田をぼんやり見つめながら
「落ち着けよ、箸落ちたぞ」

「・・・はい」

俺の言葉に椅子に座りテーブルの下に落ちてしまった箸を探す。

その間に鞄の中に入っていた割り箸を取り出して箸を見つけた守田に差し出した。

「いいですよ!洗ってきますからっ」

「気にするな、鞄に在っても邪魔なだけなんだから」

それにこの学校の水道はおかしな事に食堂からやけに遠い。

席を離れかけた守田の腕を掴んでそう言うと大人しく割り箸を受け取りながら座り

「ありがとうございます」

ハニカミ、礼を言ってまた弁当を頬張る。

「・・・その弁当親御さんが作ってるのか?」

「・・・・っ」

「なんだよ、変な顔するな。笑うぞ」

何気なく聞いたと思ったのだけどそんな変な質問だったか?

「えっ、笑って!!」

「・・・笑わない」

「ええ~! じゃ無くてっ今なんて?!!」

手と頭を力いっぱい振って聞き返す守田。

「・・・“・・・その弁当親御さんが作ってるのか?”」

棒読みで言った言葉に声無くじわりじわりと満面の笑みを浮かべる守田。

「・・・なんだよ」

「初めて先輩から質問されたっ」

・・・そうだったか?

「スッゲ、感激♡」

俺の手を強く握り振り回す。

守田は俺が止めるまでその動きを続け、その間周りの視線を浴び続けた。

 

 「俺の母さんは朝が弱い人で、朝食と弁当は俺の担当なんです」

昼食を食べ終わり食堂に居た生徒がまばらになってきた頃、ココに来る途中で買っていたテトラパックの苺オレにストローを差しながらそう話し始めた。

「・・・お父さんは?」

「~~~~っ」

「分かったから、続けて」

再びあのハニカミを浮かべる守田に話の先を促す。

「・・・はい、先輩とはスケールが違うけど俺の父さんも赴任中なんです」

「そうなのか」

「はい・・・、先輩は淋しくないんですか?」

俺はその質問に対しいったいどんな顔をしていたんだろうな。

この4ヶ月、お前のそんな表情見たこと無い。

「・・・・ごめん」

「いえ・・・」

謝る俺に伏せ目がちに言った。

まだ少し騒がしい食堂だがこのときの沈黙以上に静かなものは無いだろう。

窓の向こうで夏の日差しが煌々と照りつけていた。

可笑しなものだ、屋内は過ごしやすい。

守田、俺はね自分の事を話すのかなり苦手なんだ。だから

「・・・俺は、嫌われたんだ」

今は、これだけしか言えない。

「え・・・?」

今じゃどんな事をしたのかぼんやりとしか思い出せない。

でも、その時確実に両親に嫌われたと強く思った。だから海外赴任なんて決めてしまったのだと、だから小学3年だった俺を祖母の家に預けたのだと。

それは一度そう思ってしまったら最後、二度と離れる事はなかった。

後の事なんてどうでもよくなる程の強い事だった。

「・・・気にしないでくれ、独り言だ」

「・・・・・」

何か言おうかと言葉を探していた様だったが昼休み終了のチャイムが鳴った。

「行こう、授業に遅れる」

「・・・はい」

 

 

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